Works

仕事としての写真

私の生活は、写真の撮影を依頼され、その報酬を受け取ることにより成り立っています。
学生のころ、そんなことができるとは思っていませんでした。まさに夢でした。
こちらに載せていないお仕事もたくさんあります、本当に多くの方々に感謝します。
そして、これからも皆さんに喜んでいただけるように、頑張って写真を撮り続けていきたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします

日本プロボウリング協会カレンダー
元気サプリ
ゼクシィ
ハッピーノート シーラバー
ペティオマガジン
日本文教出版 教科書
マリモを守る  (理論社)
JAF MATE
散歩の達人  群馬にときめく。
ものづくり日本大賞
メッセージプラザ  カレンダー
児童書

初めての商品撮影

コスモス


私は経歴の欄でも書きましたが、田沼武能先生の事務所に3年間お世話になりました。しかし、できの悪い弟子で卒業してもなにも仕事がありません。また、父も病状が悪化していて何とか生活をしなくてはならない状況です。かといって写真には未練があります。しかしながら35mmカメラ以外の撮影経験がほとんどありません。そこで、大変浅はかな考えなのですが、コマーシャル写真を勉強して活路を見出したいと思いました。そして、専門学校時代の先生に頼みカブラギスタジオに入りました。当時は写真業界も活気があり、いわゆるバブルの前で、大変忙しい日々をアシスタントとして過ごさせていただきました。私は大変生意気な人間で、小さな商品ひとつ撮るのに何でこんなに時間をかけ、手間をかけるのだろうと思っていました。このコスモスの仕事は実はカブラギをやめる少し前にさせて頂きました。どこでこの仕事をいただいたかと言いますとジャズバーです。よく高校時代の先輩(彼はすでにプロのコマーシャルカメラマン)が連れて行ってくれた場所(今でも通っています)で、そこに来ていたデザイナーの方から紹介されました。今もよくあるカプセルおもちゃの自動販売機のディスプレイ用の写真です。そして都合がいいことに撮影用のサンプルもとても小さいので、四畳半ぐらいのスペースとアイランプが二つあれば撮影することができました。しかし、自分で初めてシャッターをきったとき愕然としました、どんな小さなものでも現像があがるまでは心配でろくに眠ることもできません。見るとやるとでは大違いです。でも最初のシャッターは緊張したけどうれしかったことを覚えています。現像があがり納品して印刷ができた時は本当に夢のようでした。そして、カメラマンへの第一歩を踏み出しました。それが、この写真の正面の「香水&口紅」です。

メイヤーウィッツにあこがれて

稚気、愛すべし。(三菱銀行入社案内パンフレット)


リクルートさんからの依頼で写真を撮らせていただいた、三菱銀行さんの入社案内のパンフレットです。ディレクターは今は作家として活躍なさっている千葉望さんでデザインは当時よくご一緒させていただいた上野識人さんです。写真は、彼の要望でジョエル・メイヤーウィッツのテイストを取り入れた、ものにいたしました。彼の写真は私も以前から知っていたのですが、好きという範疇を超えたものではありませんでした。そこでまず技術的なことを調べることにいたしました。幸い海外の写真集は細かい解説が書いてあることが多く、撮影機材関係はすぐにわかりましたが、これからが大変でした。持っていないものばかりですし、もちろん使っていないので、それらを揃えることからはじめなくてはなりません。特に大変だったのはレンズです。昔のワイドフィールドエクタというレンズを使っているらしいのですが当時は中古で程度のいいものはなかなかありません。しかし今回は標準レンズの方がテーマ的にも融通が利くと思い、銀一の中古市でコマーシャルエクタの12inが出ると聞きつけ開店前に並んで手に入れました。フィルムと印画紙はまったく同じものを手に入れました。しかしその後も大変です。使ったことがないのでテストをしにいろいろな所へ、8×10のカメラを担いで出かけました。その時撮ったものの一枚が下の浅草のおじいさんの写真です。また、カラープリントに関しても試行錯誤の連続です。8×10の引き伸ばし機はさすがに買うわけにいかないので密着プリントでいかにきれいにプリントするか焼きこみ覆い焼きはどうすればいいか、研究を重ねました。また、車で旅をしながら写真を撮るので、フィルム交換も重要な問題です。当時乗っていたレオーネの荷台に自家製の大きなダークボックスを作りそれに機材がすっぽり入るようにして、その上にポラのプロセッサーを置き電源は車のバッテリーを100ボルトに変換して使えるようにいたしました。そして撮影は東京から九州までの約一ヶ月のロケとなり、10枚の写真を仕上げるために、250枚の8×10のフィルムを使いました。私は、この仕事によりネガカラーによる作品撮りをしようと決めました。後日談ですが、上の写真の外人モデルが写真を欲しがっていたので六本木のバーに渡しに行きました、そこには彼の奥さんがいて「彼の写真の中で一番素敵なものです、ありがとう」と言ってくれました。

素敵な女性たち

サンデー毎日 表紙


2002年4月から2004年8月頃までサンデー毎日の表紙の写真を担当させていただきました。私にとって大変貴重な経験であるとともに、重責を感じていました。毎回タレントさんや女優さん、アーティストの方を撮影できる喜びがありました。撮影準備は毎回慎重に行いましたタレントさんたちの時間は大変貴重なものですから、スムーズにスピーディーに撮影を進められるように、インターネットやTVをチェックしたり、出演されている映画があればビデオを借りてきて見たりいたしました。特に映画は参考になりました。なぜならば美しく見えるアングルやライトを、事前に考える手助けになります。そして静止画と違い私の頭の中での自由度も高いのです。また、当時は当然フィルムでの撮影なので事前の機材及び、感材のチェックも重要な仕事です。もちろんその場での確認はインスタントフィルムでするのですが、あくまでも目安です。特にサンデー毎日の場合はバックを完全に白く飛ばすことが多く露出もF値で0.1単位で考えていました。またカメラを2台に分けることで故障によるリスクを減らしていました。 そしてスタッフとのチームワークが良くなくてはいけません。それがなくては、現場を心地よい空間に保つことはできないと思います。しかしながら、一番重要なのは彼女たちの表情です、そのために全ての事はあるのです。皆さんさすがにプロです。短い時間の中で的確に表現していただきました。特に印象に残っているのは、本田美奈子さんでした。私が「こんな格好はどうでしょうか」とやってみると、にこにこしながら「カメラマンさんがポーズをとってくれるの」と言いながら、またご自身でいろいろと提案して、本当に楽しそうにホリゾントの上で舞うようにいろいろなポーズを工夫してくれました。そして、インスタントフィルムを見せると、「いつもすごく細く写るけど、やさしくふっくらに写ってうれしい」と喜んで微笑んでくれました。そして、撮影後日、直筆で私のところにまで礼状が届いていました。私のようなものにまで気を使ってくださる本当にすばらしい女性でした。そんな彼女も今は帰らぬ人となりました、本当に残念でなりません。しかし、やさしく力強い歌声と、微笑みはいつまでも人々の心に残ると思います。

gallery -pickup-






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